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古代メソポタミア

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古代メソポタミア

メソポタミアのメソは間、ポタミアは間。
つまり、右のティグリス川、左のユーフラテス川の間と云う意味です。

ちなみに今のイラク共和国の場所にあり、イラク共和国の首都バクダッドはティグリス川に沿っている。

シュメール→アッカド

世界最古の農耕遺跡、ジャルモは北メソポタミアにある。

5000年前の最初の都市文明は、
民族系等不明のシュメール人の年の都市で、南メソポタミアにあったウルである。

他、ラガジュ、ウンマ等で、各都市国家には守護神がいた

青銅器文明で楔形文字を使用、円筒印章で所有権を示していた。

神経政治が特色である。
崇拝の為の人口山ジッグラトを建設、ジッグラトは『旧約聖書』の「バベルの塔」に影響を及ぼす。
『ギルガメッシュ叙事詩』が「ノアの洪水」に影響を及ぼした。

(ジッグラトが数多く存在する為、旧約聖書が作られたと云う説もある)

シュメール人の次が、アッカド人

前24世紀、サルゴン1世がメソポタミアを統一。

全盛期には「全世界の王」とまで呼ばれたが、
次いで、シュメール系のウル第三王朝が一時復活。現在最古のウル・ナンム法典を残す。

バビロン第1王朝 = 古バビロニア

前 19 世紀に入ると,セム系のアムル人のバビロン第1王朝(古バビロニア)がユーフラテス川沿いのバビロンを都とした。神はマルドゥク。1902 年にスサ(現在のイラン)で発見された第6代の王による 「ハンムラビ法典」は,「目には目,歯には歯」の同害報復の復讐法で身分により異なる法を適用した。この国は小アジアのインド = ヨーロッパ語族のヒッタイトにより滅亡した。その後メソポタミアは北をミタンニ王国が南のバビロン付近をカッシート王国が支配する。カッシートはエラム人に滅ぼされた。いずれも民族 系統は不詳だ。ミタンニからティグリス川上流のアッシュール付近で自立するのがアッシリア王国だ。ついでだが,初めて馬の家畜化をしたのはミタンニ王国だ。ミタンニの住民の大半はフルリ人だった。

ヒッタイト

ヒッタイト王国はインド = ヨーロッパ語族で小アジア(アナトリ ア高原,現トルコ共和国)のボアズキョイ(ハットゥシャシュ)を中心に興り,最 初に鉄製武器を使用したという点が最重要。バビロン第1王朝(古バビロニア)を滅ぼしたが,前 12 世紀に海の民に滅ぼされた。

アッシリア

さて,アッシリア王国だ。ヒッタイト滅亡後強国になる。ティグ リス川中流アッシュールから興ったが,ニネヴェが覚えるべき都だ。サルゴン2 世はイスラエル王国を滅ぼしエサルハドンが前 671 年にエジプトを征服し全オリ エントを初めて統一した。アッシュール = バニパル王はニネヴェに最古の図書館 を造った。メソポタミアからナイル川までつまり「肥沃な三日月地帯」からエジ プトまで支配したものの,残酷な統治と過酷な税は反乱を招き,前 612 年にメディ アと新バビロニア(カルデア)の連合軍の前に滅んだ。

四王国時代

そして四王国分立時代に入る。

小アジアのリディアは都がサルデスで最古の鋳造貨幣をあみだしたインド = ヨー ロッパ語族。クロイソス王の富で有名。イラン高原のメディアはインド = ヨーロッ パ語族で都はエクバタナ。新バビロニア(セム語族のカルデア人)のネブカドネ ザル 2 世はユダ王国のヘブライ人を強制連行した(前 586 ~前 538 のバビロン捕 囚)。彼はホームシックにかかったメディアからきた王妃のために故郷に似た風 景の空中庭園を造ってあげた。4王国の残る一つがエジプト第 26 王朝(都サイス) だ。
アケメネス朝ペルシア

これら4王国のうちメディアから自立したのがペルシア湾に近いペルシス地方のスサに興ったアケメネス朝ペルシア(前 550 ~前330)だ。

 キュロス 2 世の時に自立し4王国のうちメディア,リディア,新バビロニアを 滅ぼしヘブライ人を捕囚から解放した。だから「解放者」キュロス 2 世といわ れる。第 2 代カンビュセス 2 世がエジプト第 26 王朝を滅ぼし全オリエント統一 を実現した(前 525)。

 第3代ダレイオス 1 世は,東はインダス川から東北はシル川とアム川がアラル 海に注ぐ地域ソクディアナ,南はエジプトのナイル川から西はエーゲ海北岸のト ラキア地方の範囲を版図とした。州(サトラ)に分け,知事(サトラップ)を置 きそれを王の目・王の耳で監視した。アラム語を公用語とし,駅伝制を整備し中 央集権化し,サルデスから都スサまで王の道を敷いた。また,次のクセルクセス 1 世と二代でゾロアスター教の新都ペルセポリスを建設した。また,いわゆるペ ルシア戦争でエーゲ海に派兵した。最終的には最後の王ダレイオス 3 世がアレクサンドロス大王に敗れ滅亡した(前 330)。統治の特色は「寛容」がキーワード。 ヘブライ人にエルサレムへの帰還と神ヤハウェの神殿再興を許可し,フェニキア 人の商業活動を奨励したからだ。

メソポタミア・イラン文化

宗教は現世的で多神教が特色。太陰暦・60 進法・占星術の起源。

 ダレイオス1世の事績がベヒストゥーン碑文(ザグロス山脈)に刻まれ,19 世紀のイギリス人ローリンソンが解読した。クセルクセス1世を讃える碑文がペ ルセポリス碑文でドイツ人グローテフェントがペルシア語楔形文字を解読。

 ゾロアスターの生存年代は確定できない。ゾロアスター教は拝火教ともいわれアフラ = マズダ(光 明・善神)アーリマン(暗黒・悪神)の善悪二元論で最後の審判,天使と悪魔の思想がユダヤ・キリスト教に影響した。ササン朝で国教となり,経典アヴェスターが編纂された。
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