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ヘレニズム時代

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フィリッポス2世

マケドニアはギリシアの来たの果て、ポリス世界からはバルバロイ扱いされていた。最も19世紀の発掘でドーリア人であることが確認されたのだが。

マケドニアはフィリッポス2世の時に富国強兵をした。目的はアケメネス朝ペルシア対策である。

金山銀山も所有した。

マケドニアの強大化に対し、アテネの弁論家はでもステラスら主戦論vsイソクラテスら和平論にわかれたが、主戦論が通り、マケドニアと戦っった。カイロネイアの戦いである。

マケドニアがアテネ・テーベに勝ち、スパルタを除く全ギリシアの銘酒となった(コリントス同盟=ヘラス同盟)。

いよいよマケドニア人の覇権の時代、ヘレニズム時代の幕開けだ。

アレクサンドロス大王

弱冠二十歳で帝位を継いだアレクサンドロス3世(大王)は,ダーダネルス海峡を渡り東征を開始。緒戦のグラニコス川の戦いは辛勝するものの前 333 年のイッソスの戦いでアケメネス朝ペルシアの最後の王ダレイオス3世を蹴散らす。

 次いでアレクサンドロス大王は地中海東岸を南下,ティルスを埋め立てて攻略しフェニキア人,エルサレムを攻略しユダヤ人を支配した。エジプトに入るとメンフィスでアモンの化身となって自らを神格化,東方的専 制君主への道を歩み始める。メソポタミア北部のアルベラの戦いでダレイオス3世を再び破りバビロンに入城し神マルドゥクの化身となり自分の帝国の中心地とする。

ペルセポリス炎上

ザグロス山脈を越えイランに入り,アケメネス朝の都スサそしてペルセポリスを攻略,ゾロアスター教の善神アフラ = マズダの化身となる。

そしてペルセポリスのクセルクセス1世の神殿に火を放つ。

 しかし彼の遠征はペルシア征服では終わらなかった。現イランを北上しカスピ海南東のパルティア,アム川上流のバクトリア(現アフガニスタン),シル川との間ソグディアナ(現ウズベキスタン)と旧ソ連を現中華人民共和国の方向へと迫る。ヒンドゥークシ山脈を越えカイバル峠を越えインドに入るが,インダス川上流には毛細血管の如くに川があり,結局それらを渡り切れず,インダス川そしてアラビア海に沿って移動しバビロンに戻った。こうして成立したのがヘレニズム文化圏。東がインダス川から西はマケドニア。帝国の都はバビロンだ。

東西融合政策

アレクサンドロス大王といえば東西融合政策

①マケドニア男性とペルシア女性の通婚,
②ペルシアの官僚制度の採用,
③アレクサンドリアを多数建設しギリシア文化を移植,
④東方的専制君主体制の採用,
⑤共通ギリシア語コイネーの普及など

ディアドコイ(後継者)戦争

アレクサンドロス大王は 30 代前半でバビロンにて急逝,カッサンドロス,リシマコス,プトレマイオス,セレウコスの4人のディアドコイ(後継者)が受け継いだ。

その中のセレウコスはインド侵入時の講和条約の証としてマウリヤ朝マガダ国のチャンドラグプタから象をプレゼントされ,前301年のイプソスの戦いを優位に進め,結果ヘレニズム3国で最大となった。

 ヘレニズム3国とは,アンティゴノス朝マケドニア(都ペラ),セレウコス朝シリア(都セレウキア→アンティオキア),プトレマイオス朝エジプト(都アレクサンドリア)。アレクサンドリアこそヘレニズム文化の中心地で学術研究所ムセイオンがつくられた。museum の元となる語だ。セレウコス朝がティグリス川にセレウキアを建設したのでユーフラテス川のバビロンが衰退した。

 セレウコス朝シリアから自立するのが,現アフガニスタンのバクトリア王国(ギリシア系),現イランのパルティア王国(イラン系),小アジア現トルコのペルガモン王国(アッタロス朝,羊皮紙が発祥でヘレニズム文化の中心の一つ)の3つ。
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