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古代ギリシア・ローマ文化

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ヘシオドスは『労働と日々』で勤労の尊さを説き,『神統記』に神々の系譜を著した。ピンダロスはオリンピア競技会の優勝者を讃えた『競技祝勝歌』を残した。アナクレオンは酒や恋愛をテーマとした叙情詩人。アイスキュロス(『アガメムノン』)・ソフォクレス(『オイディプス』)エウリピデス(『メディア』)がア テネの3大悲劇詩人。アリストフアネスはペロポネソス戦争に明け暮れる男たちに妻たちが性的ストライキをするという反戦劇『女の平和』を著した。ミレトスを中心とするイオニア植民市からおこった自然哲学者の最初が万物の根源を「水」と考えたタレス。「数」と考えたのがピタゴラス,「火」と考え「万物は流転する」と述べたのがヘラクレイトス,「原子(アトム)」と述べたのがデモクリトス。フェイディアスはペリクレスと親交をもちドーリア様式のパルテノン神殿の再建工事の総監督を務めた。その本尊で現存しないアテナ女神像は彼の作だ。

 前5世紀に民主政最盛期のアテネで活躍した弁論・修辞の職業教師をソフィスト(「知恵ある者」)という。その代表がプロタゴラスで「人間が万物の尺度」と述べ,普遍的客観的真理はないという相対主義・主観主義を表明した。いや,ある!という立場をとったのがソクラテスで知徳合一を主張し,問法という対話を通じて「無知の知」を自覚させる方法を実践した。ソクラテスの弟子のプラトンはイデア論を展開して観念哲学を説き『国家論』で少数の哲人が統治する哲人政治を理想とし,アテネ郊外に学園アカデメイアを建てた。そこでプラトンに学んだのがアリストテレスだ。マケドニアのフィリッポス2世に招かれて王子アレクサンドロスの教育係となり,のちアテネに赴き学園リュケイオンを建てた。「万学の祖」と呼ばれ中世ヨーロッパの哲学・神学に多大の影響を与えた。代表的著作は『政治学』。

 古典ラテン語で書かれた文学をラテン文化という。初代ローマ皇帝アウグストゥス帝時代が黄金時代だ。ヴェルギリウスは叙事詩『アエネイス』で英雄アエネアスのトロイア脱出からローマ建国までの冒険物語を描いた。ホラティウスは『叙情詩集』の叙情詩人。オヴィディウスはアウグストゥス帝に流刑に処された叙情詩人で『転身譜』『愛の歌』が代表作。リヴィウスはアウグストゥス帝の厚遇をえて委嘱され『ローマ建国史』を著した。1~2世紀のタキトゥスは『ゲルマニア』でゲルマン社会を『年代記』でネロの死までのローマの政治史を著した。同時期のプルタルコスは『対比列伝』でギリシア=ローマの英雄を比較評論した

。  カエサルやアントニウスと対立して暗殺された雄弁家が『国家論』のキケロ。ストア派の哲学者でネロ帝の師がセネカ。プリニウスは『博物誌』を著したが79 年のヴェスヴィオス火山の噴火(ポンペイの町が埋没)に際し窒息死した。紀元前後のギリシア人ストラボンはヨーロッパからインドまでの『地理誌』を著した。2世紀のギリシア人天文学者でアレクサンドリアで活躍し天動説を唱えたプトレマイオスは『天文学大全』を著した。2世紀のギリシア人医師ガレノスはマルクス = アウレリウス = アントニヌス帝の侍医を務めた。前5~4世紀の小アジアの「医学の父」ヒッポクラテスと間違えないこと。前2世紀のポリビオスは カルタゴ炎上を目撃し『歴史』で政体循環史観を示した。
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